とてもリアルな夢を見た、、
あたしが生まれて初めて務めた会社は、薬品関係を取り扱う東京の小さな卸会社で、もともと文系のあたしには、そういう化学関係のいろいろが分からなかったこともあって、まあ、ちょっとも毎日面白くなかったのでしたが、、、
な~んにもわからんあたしのインストラクターとして会社がつけてくれたのが、同郷の先輩だからということで、当時42、3歳のNさんだった。
あたしは、毎日Nさんに連れられて、都内の取引先をあちこち回ったものだった。Nさんは、とても頭の良い人で、商品知識はもちろん、大学では化学を専攻していたということもあって、取引先の信頼もあつく、な~んも分からんあたしは、Nさんと取引先の会社のみなさんとの、仕事のやりとりをぼ~っと見ていただけでありました。
しっかり勉強して、商品知識もつけて、嫁さんもらったばっかりなんだろう、、がんばらないと!
とNさんはあたしもいつも叱咤激励してくれた、、
当時あたしは、学校を出て、就職先も見つからないまま、結婚しちまって、、、みかねた嫁さんの親戚が、この会社を紹介してくれて、入社したという次第だったのだから、この会社でがんばらなくちゃいけないことは、Nさんの言う通り、よ~くわかっていたのだけど、なにしろ、自分の興味の全くない商品やら業界であったので、仕事にまったく身に入らない状況が続いて、結局、営業マンとして1人前になることができずに、2年ほどで退職したのだったのでした、、
Nさんは、最後まで熱心にあたしを指導してくれた、、、しっかり勉強して、頻繁にお客を訪問して、仲良くなって、お仕事をもらって、そうしてさらに勉強して、家族をしっかりやしなわなくちゃな、、そのために、毎日努力するしかないんだぞ!
といつも、あたしはしかられていた、、
しかられては、「はい」、「はい」とこたえるものだから、
お前は、返事だけはいいけれど、行動がともなわないなあ
といつも溜息をつかれたものだった、、
それでも、やっぱり、この仕事には身が入らなかったので、、結局辞めることになったのだけど
退職する日、事務所に手続きに行った日、Nさんにもあいさつしなくちゃと探したけれど、Nさんは、外出していなかった、、、 Nさんには申し訳なかった、、
そうして、昨晩、、
夢の中で、Nさんと一緒に電車にのって、お客のところに行っていた。夏なのか、窓の外のまぶしい景色の中に草と色とりどりの花が後ろに飛んでいく、、、
Nさんは、いつものように、西野は家族のためにがんばらなくちゃなと、あたしに言って、あたしは、いつもとおり、はいはいと返事しながら、、
ほんとにそうだ、、きちんとやらないと、ほんとうにそうしなくちゃいけないと、思った、、
そこで目が覚めた、、
夢の中で、あの頃のまんまの姿と声のNさんが出てきて、、しかられて、あたしは、本当に当時のなんとも、情けない気持ちでいっぱいになってしまった、、
本当に ビビッドな夢だった、、、
それにしても、あの頃、あたしが26歳、Nさんが43歳とかだったから、あれからもう32年! Nさんは、75歳!そりゃそうだ、だったあたしが来年還暦だものね。 すっかり定年も迎えられて、当時、娘さんが中学生とか言われていたから、もうお孫さんもいられるのだろうか、、お元気でいてほしいと思う。 会社の部長さんや、課長さんも、あの頃、50代後半とかだったから、もう80代ということか、、、
本当にはやい、、、はやい、、神田の事務所の付近を、お昼休み、CDショッをのぞいたり、本屋
で立ち読みしたりして、なるたけ事務所から離れたくて、、うろうろしたことを思い出す。やっと週末が来て、帰宅する前、秋葉原のオーディオショップをのぞいたりするのが楽しみだった、、
それがもう30年以上も前になるんだなあ、、、
みなさんには、ご迷惑をかけた、、みなさん元気でいてほしい、、、
多分Nさんの叱咤激励のおかげで、なんとか、今、真面目に生きてます、、、
感謝、、感謝、、、