Quantcast
Channel: 西野和馬のオーディオ西方浄土パート2
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2184

なつかしきころ、、

$
0
0

アマチュア無線の機械の話をしていたら、無線やオディオにあこがれていた中学生ごろのことをいろいろ思い出しました。70年代の半ばですね。オイルショックとかはあったけれども、なんか日本は活気があったころでしたね。今でいうセクハラ・パワハラなんて、あのころの大人にとっては日常茶飯事で、テレビのドラマでもそういうシーンはふつ~にありましたものね(笑)。そういう濁ったところも含めて、あのころに日本はなにかこうどろどろしてるんだけど、ものすごいエネルギーがあったようにこどもごごろにも感じておりましたね。

 

あの頃は、アマチュア無線が趣味の王様とか言われてました。たしかに、国家試験にパスしないと運用できないし、当時は無線機を買って(もしくは自作して)でかいアンテナを上げて、運用する前は、電波監理局からお役人が来て、検査してたというからおどろきます。電気の知識はいるし、運用法規も知ってなくちゃいけないし、機械はそこそこ高いし、アンテナもでかいのあげなきゃならないから土地は必要だし、つまりふつ~の人ではできなかった趣味ですね、、

 

しかも、無線で日本中の愛好家はもちろん、海外の局ともお話できるなんていうのは、当時の中学生のあたしたらにとっては、もう本当に夢のような世界でした(笑)。 海外の人と英語で直接話すということは、当時、アマチュア無線家でないとできないことで、それはそれは、すごいことだったんです。

 

でも、そんなにハードコアな無線マニアだけでなくて、当時、近所には、電話級とか比較的簡単に取れる資格でもって、小電力で無線を楽しんでいるおじさんたちが少なくなくて、近所を自転車でぐるぐる回ると、大きなワイヤーアンテナとかバーチカルアンテナとかを上げてる家は結構ありまして、そういう家を見つけては、あたしらは、大変失礼にもお邪魔して、お話を聞いたり、たまには、中に入れてもらって無線室を見せてもらったりして、将来あたしらもこういうことがしたいと、夢が膨らむばかりなのでありました(笑)。

 

その中でも、忘れもしないのは、近所に住み学校の先生おじさん=T先生。大きいおうちに、フルサイズのでかいワイヤーアンテナを上げられていたから、あたしらは、ごめんください、無線やってるんですか~とかいって、ある日、お家にお邪魔したのでした。学校の先生ということもあったのか、T先生は、あたしらをこころよく受け入れてくれて、無線の部屋に通していただき、実際に無線交信を見せてくれました。

 

電話モードで、どこか他県の愛好家とお話をしてくれたのだけど、もう、あたしは、一緒にいった友達と大興奮! そういうふうに無線で交信するのは、なにしろかっこうよくて、さらに、T先生がオペレートしている無線機(それがまさに八重洲のFT400シリーズでした)の美しさ、、いつか絶対あたしも、無線をするのだとそのときこころに誓ったのでした。

 

そのころは、海外放送を短波で聞くBCLていうのもはやっていて、SONYのBCL用ラジオをじ~ちゃんおねだりして買ってもらって、屋根に針金を張り巡らして、ワイヤーアンテナを作って、おふくろにおこられながらも、興奮しながら、そのころは、たくさんあった各国の日本語放送を聞いていてものでした。BBCでさえ、その当時は毎日、日本語放送をやっていたのでしたから、、

 

でも、高校に入ったら、ギター、ロックとか、女の子に興味が移ってしまって、オーディオは大好きだったけれど、無線からは離れてしまいました。そのうち、T先生は他界されてしまい、しばらくは、息子さんがT先生の機械で運用されていたみたいでしたが、、

 

んでもって、やっとあたしが一念発起して無線の免許を取って開局したのが、35才になったときだったから、ずいぶんとブランクがあきました。そのころには、もう真空管の入った機械はなくて、すべてトランジスタ。その他の機能も満載で、昨日のFT400シリーズなんて、比べものにならないぐらい高機能になってました。前はそんなに有名ではなかった井上電機(ICOMですね)が、メジャーになっていてびっくりしたのでしたが(今のリグはICOMです)。

 

でも、400シリーズとか、あのころの機械はよかった。メインダイヤルの手触りとか、ねっとり回る感触とか、、今でも思い出します、、

 

憧れの八重洲無線のFT101とトリオのTS520とか、、(マニアックですまぬ)今なき熊本のM電気の3階のウィンドウの中に陳列されているのを、ともだちと、いつか絶対これ買うけんと、目をきらきらさせながら、あこがれたのを今でも覚えています。M電気も、今もうありませんね、、

 

T先生のお宅には、その後、何回もおじゃましては、無線のことやいろいろを教えてもらいました。だけど、一番初めにお邪魔したあの無線室とマイクに向かって、遠い空の向こうの愛好家と話す、先生のお姿は、今でも目の奥に焼き付いております(笑)。

 

昨日の夕方、、おとなりのリサイクルおやじの庭には、まだFT400が放置されていたので、tamaさんのコメントに従ってワンコインでゲットしようと、ねえねえこれ譲ってよ~と声をかけると、にっしのさ~んごめんね~電源ケーブルとかもぶったぎって、中もぐちゃぐちゃだからもう捨てるから~ということで、あきらめました、、 

 

最後にもう一度、メインダイヤルに触れて、ゆっくり回してみます。あの頃と変わらない感触、、

70年代の半ば、おふくろもじ~ちゃんもT先生も、その他大勢の今はいない人たちが元気で、日本も元気だった、あのころが、このダイヤルを通じて、ふと蘇った気がしました。 

 

みんなみんなとおいとおい昔のことになりました、、、 さよならFT-DX400、、、

 

 


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2184

Trending Articles