当地最近、中国大陸からの大気汚染の影響か以前に比べが、黄砂がものすごく濃くなったり、例のPM25の発生回数が増えたりと、そういうときはもう空気全体がぼわ~っとして視界がものすごく悪くなって、その辺の景色はもちろん、向こうの山とはもうけむりのかすんで全く見えない==という状況が、特に春ごろに多発するにようになったであります。
だけど、台風が来て、このような空気中の異物粒子を吹き飛ばしますと、おお! スパーブール・スカイが現れるのです! そうしますと、あれあれ景色が一変、イブリシングイズソークリアー!になるのでした。
近くの景色も遠くの山も、それはそれはもうクリアーに、山の稜線やひだひだまで、はっきりくっきりと見えてくるのでした。そういう様子はとても気持がよくて、こちらの心持さえさわやかになってくる、、
で、何がいいたのというと、今回のインフラノイズのリベラメンテUSBの効果とうには、実にこのような台風のような効果をもたらすのだったということなのです。
まさに、今までぼや~っとしていた音が、台風一過のようなスパーブルースカイのように、晴れ晴れとして、一点のくもりもない、「天下総無事」に一転せしめるということいいたいのだ。おお!言葉とは何と不自由なものでしょうか? このようにあいまいな比喩を使わなくてはいけないとは(大爆笑)。
という訳で先週末から、ひさしぶりにPCオディオを復活させ、さらには、いよいよインフラノイズのリベラメンテUSBケーブルを導入したのでした。まず、どのようなラインアップになったかは下の通り:
PC = 相棒のGさん制作の音楽再生専用の「無音君」
DAC= SATRI DAC-2000
USBコンバーター = USB-201
Clock = GPS-777
プリアンプ = SATRI PRE 7610
メインアンプ = SATRI AMP-55512
スピーカー = B&W DM-602 (ケーブル カルダス4芯のもの)
DAC-2000はCRV-555でクロックに44.1kHZで従属。DAC、プリ、メインはSATRI LINKで電流伝送。
デジタル系とアナログ系の電源を分け、デジタル系は中村トランスから供給。アナログ系はふつ~の電源(笑)。
デジタル系はすべてデジタルリベラメンテで接続。そして、今回はPCとUSB-201間にリベラメンテUSBケーブルを使用しました。
しかし、ひさしぶりにPCオディオを復活させたので、はじめはなかなかうまくいかなかった。全体の同期がとれなかった(というかそういうふうにあたしには感じられたということだけど)ので、何回かセットアップを繰り返した。
特にCRV-555とDACの同期がはじめなかなかうまくいかなかったので、ON・OFFを何回か繰り返して、なんとか同期がとれました(ほっ)。
しかし、PCオディオ半年以上やってなかったなあ。しっかし、めんどくさいな~。だってPCからなにから、機器が多すぎなんだよな~。しっかも作業やってる間はAMラジオ聞きながらやってるんだけど、PCや他のデジタル機器の電源いれた途端にラジオからものすごいノイズが出るもんなあ。
こんなにノイズが出るんだから、本当にいい音でるのかなあと、ややずんだれた心持ででセッティングしていきましたよ、、
さて、いよいよ音出しと思ったら、音はでるけど、なんかスカスカの音、、おお、なんじゃこれはとか言いながら、上の通りシステム全体を何回かリセットして、やっとふつ~に音が出るようになった。やっぱり、PCオディオめんど~だなあ~と思いました。
さて、やっとシステム全体が落ち着いたところで、本格的に音出し。あっ、ソースは外付けHDDにストアしたWAVファイル、再生ソフトはあたしのお気入りでWAVE FILE PLAYER。最近よく聞いていた武満徹のCDをWAVファイルにして、HDDにストア。こいつを聞いてみます。
で、ファイルを再生、、うわっ!(これからの印象は冒頭に記したとおり)。
全く今までとは違う、音の汚れが完全に払しょくされたという感じ。これまでの音はなんだったのだろうか!?
全く違う音の風景なのである。なんというか、音の全てが見える・聞こえるという感じ。ご存知のように武満さんの音楽は、実に精緻な作りなので、音の悪いシステムだと、この人の音楽の本当のところが良くわからないだろうと思うのだけど、、、
しかし、リベラメンテUSBを導入しただけで、これだけ、音の風景がこれだけクリアーになるとは、す、凄すぎる。
例えば、このCDには「オリオンとプレアデス」チェロ協奏曲が入っていて、これはタイトルの通り、星がちろちろとひかっております、、というような音楽なのだけど、 USBリベラメンテを導入して、はじめて、おお!これだけ多くの星がさんざんめいていたのだと分かって、あたしはおどろいたのだった、、
そういえば村上春樹と小沢政爾との対談本があったのだけど、その中で演奏で一番大事なのは内声です、内声をどれだけ浮かび上がらせるようにできるか。特に現代の演奏では、内声をはっきりさせて、曲の構造を明確にする傾向が強くなっている==というところがありました。
なるほど、あたしも全体の構造がすっきりと建ち現れるような演奏の方が好きです。しかし、今回のUSBケーブルの効果というのは、鳴らすクラッシックのソースほとんどについて、内声がくっきり浮かびあがってくる。
だから、これまで耳タコだったファイルも、全く違う鳴り方になった。もうすごくクリアーというのか。さらに、おろどくのは響と余韻の深さ、、
なんというか、スーパークリアーに住み渡った空気の中に、これまで以上にインテンシティ―ぐっと増した楽器の音が、それぞれが均等にあるいは対等の存在感を持って、おたがいが響き合い、そして、音のいのちがつきるまで持続する、、、そんな言葉でしか表現できないような様相になってしまったのです。
USBケーブルでこれだけ変わるものなのだろうか、、あたしの研究はさらに続く、、
(つづく)